|
|---|
| 此のコーナーには、御本人の承諾を得て、たまぶり氏のホームページ『たまぶりぶり通信』に設置された掲示板『Tamaburiburi BBS』上で展開された文学談義を掲載しました。 行く行くは、此の『THE硬派書評WEB』でも、斯様な議論や、よりハイレベルな議論が行えるようにしたいと祈念して居ります。 |
| *たまぶり[98/06/27] 今日は、国語教育のサークルに出席し、そのまま大学のバイト、先ほど帰宅。 前者は柳美里『潮合い』という作品を用いた授業についての報告でした。冒頭とラストに織り込まれた「影」という指標をどう読むべきかをめぐって論議となりました。山田詠美『風葬の教室』とはまた一味違って面白かったですねえ。 |
| *まみこ[98/07/19] 『潮合い』をお読みになったと書かれていたので、ちょっと口出ししたくなりました。柳美里がその小説世界の中でつきつけてくる現実ってすごいと思います。冷徹で無惨な人間関係に救いがないというか、それでも立ち上がるしかないって遠回しの形で人生にエールを送られているような気になります。 絶望の淵があるとしたら、現代を生きる人間ってそこから新しい絆を作っていくしかない。そんなメッセージを彼女の作品に感じる私です。 『潮合い』では、苛め苛められる関係にある二人の主人公が共通するものをその内面に持っているという描き方が丹念になされています。よって、今はすれ違っている二人が真の意味で心通わせるかもしれない将来的な可能性をほのめかすものとして「影」の変化が描かれていると私は思うのです。物語は救いのない形で閉じてはいますけど、私はそう思います。 |
| *たまぶり[98/07/21] うーん、作品論にかかわる硬派な書き込み有り難うございます。ゆっくり返信できないので、また改めて詳しく述べたいと思っています。今日のところは下記の程度でご容赦下さい。 「影」についてですが、私は一読した時は自分の本音を持てずに学校でうごめいている子供たちや教師たちがいなくなった校庭にジャングルジムなどの無機物の影が伸びていることを象徴的なものだと感じました。論議しつつ読み返しているうちに、ご指摘の通り、二人の主人公の共通性ってやつが気になってきたわけです。ストーリーは、いじめをめぐって確かに二人を中心に展開していくわけですが、ただ、まみこさんの言われるような、「現代を生きる人間の関係のあり方の救いのなさ」みたいなものが、二人の主人公のみならずすべての登場人物の姿を通して多重奏的に奏でられているのではないか、と今は感じています。 もう少し自分なりに整理してから書きたいと思いますが、出来れば他の皆さんの「潮合い」に対する読後感などお聞きしたいものです。 |
| *TaniMami[98/07/25] 柳美里『家族シネマ』は彼女が芥川賞を受賞した時に買って読み、暗くてやりきれない気分が残りました。ですが、まみこさんの指摘に少しはっとしました。私も、もう一度読み返してみます。ありがとうございました。 |
| *山東紘市[98/07/26] 私も今日『潮合い』を読みました。TaniMamiさんが暗くてやりきれない気分を味わったと言われました。私も一読してそう感じ、これを教室で扱うのは無理ではないかというのが素直な感想です。 この作品は、冒頭に「影が無い」で始まる二つの段落を持ち、ラストが「長い影をどこまでも伸ばしていった」で結ばれています。私は、前者は真っ昼間であるということと麻由美と里奈の存在感のなさを示している、後者は前者に対応しながら夜の闇が忍び寄ってきたという時間の経過を示していると思いました。なぜかと言うと、最初の二つは主語がたぶん『校庭の物』と『麻由美、里奈』であるのに対し、ラストの文の主語は明らかに「のぼり棒、ブランコ、ジャングルジム」という『物』だけになっている点からです。 たまぶりさんは『象徴的』と言われました。前者については確かにわかるんですが、後者について何を象徴的と考えられるのかよくわからないのです。首尾の呼応と時間の経過以外に後者の意味が想定できるとしたら、教えて下さい。 まみこさんが二人の女の子の通い合いの将来的な可能性をほのめかすものとして「影」の変化を捉えたいというのは、一読者の感覚としては私もそう思いたいです。しかし、国語の授業で扱う場合に本文からそこまで読み取れるかどうか。そういう形でまとめることに教室で異論が出てこないかどうか難しい。なぜなら、それは作品内の問題というより読者の自由な想像の問題になってくると思うので。本文にこれ以上のことが書かれていないところで、全部の生徒を納得させることは難しいのではないでしょうか。『物語は救いのない形で閉じて』いるという点は誰しも認めざるを得ないと思います。 |
| *たまぶり[98/07/29] 山東さん、現在のところ、学生のレポートと自分の原稿書きとで脳が飽和状態ですが、あんまり議論から逃げまくってると愛想尽かされそうですから、ちょっと書いておくことにします。 前にも書いたように、私は二人の女の子のみならず、ほかの同級生たち、校長や担任といった大人をも含めて「現代を生きる人間の関係のあり方の救いのなさ」みたいなものが、多重奏的に奏でられているのではないかと考えています。 というのも、例えば同題材を扱った山田詠美「風葬の教室」と比較してみると、「風葬」では本宮杏という主人公一人が物語の語り手として一貫しているわけですが、「潮合い」ではその語り手が複数の登場人物に同化しつつ、場面によってそれぞれ別の人物の内面に寄り添いつつ語っているという点が特徴的だからです。(これは柳美里が演劇畑出身であることとも関係があるのかも知れませんが…。) だから、私は最初にこの作品を読んだ際には、内的な接点を持ち得ないすべての登場人物たちの寄り合う場所=「潮合い」としての学校が「影がない」状態として、みんなが潮の引くようにいなくなった無機的な学校空間が却って人々の虚偽的な空気から解き放たれているさまが「長い影をどこまでも伸ばしていった」という表現によって、象徴的に示されているのではないかと考えました。 ご指摘のように教室でそこまで持っていくのは難しいと感じながら、私自身は教室での《読み》の方向性として、まみこさんの呈示された意見に近いものを持っています。 |
| *Yurika[98/07/29] たまぶりさん&山東さん、ご意見を読ませていただいて面白いと思いました。『潮合い』の影にこんな深い問題があるとは思いませんでした。学校の先生ってこんなに考えないといけないとは・・・。大変なんですね。『会いたい』みたいに、たまぶりさんの謎解きが楽しみですぅ。 この作品にやりきれない気分は残るかも知れないですけど、共感できる部分も私には随分あるし、高校生たちも先生方が考えるよりも意外と素直に作品に入っていけると思います。 授業では希望のある明るい作品だけ読まないといけないんだったら、『こころ』とか『舞姫』なんかも扱えなくなるんじゃないですか?(生意気言ってすみません。) |
| *たまぶり[98/07/30] いや、今回の作品については謎解きと言えるような作業はなさそうです。しかし、あんまり楽しみにされると却ってプレッシャーですなあ。 ≪授業では希望のある明るい作品だけ読まないといけないんだったら、『こころ』とか『舞姫』なんかも扱えなくなる≫というのは、まさにその通りやと思います。 文学作品に取り組む際、知らず知らずのうちに道徳や徳目的な読みに走りがちな傾向を、教員ってやつはどうも持ってしまいますからねえ。これは自戒もこめて…。 生意気だなんて、とんでもない。どんどん思ったことを書いてもらえると有り難いです。 |
| *Yurika[98/07/30] そんな。プレッシャーなんてかけてないですよぉ。 はい、どうもありがとうございます。生意気小娘としての発言、がんばりま〜す。 そう言えば、悪徳とか非倫理的とかって言われる作品って教科書に載ってないですね。 |
| *Chihiro[98/08/10] 『潮合い』読み終わりました。僕は柳美里自身が、学校とか人間関係に期待してないんじゃないか、友情とか愛情への不信の表明がこの作品なんじゃないかという感じです。僕なんかにとっては何となく感じ取れる感覚、納得とまでは言わなくても共有している時代感覚とか時代認識なのかも。柳美里は僕らよりも上の世代だけど、現代を生きる若者という点で。 だから、これを授業で取り上げるのは不毛なんじゃないかという気がしました。暗い現実を突きつけるだけなんじゃないかと。その暗さは大人も子供も出口が見えない暗さです。ひょっとしたら僕にこれを授業できる自信がないだけかも知れないけど。 |
| *たまぶり[98/08/12] 自分の判断ってやつは、突き詰めて考えれば、結局のところ、自身の体験や感覚に裏打ちされたものですよねえ。そして、悲しいかな、我々はなかなかその範囲から外に出ることの難しい生き物のようです。 基本的に世代が近かろうと遠かろうと、他者は自己の了解内にある存在ではないわけです。これは夫婦とか恋人とか友人はもちろんのこと、眼前にいる生徒たちとの関係でも…。 教員が経験的に「この作品は…」と思っても、教室では違う空気が醸成されることだってありますからねえ。私がこのサイトにアップしている授業実践は、そうしたことの繰り返しの中で見出してきたものでした。まあ、上等なものばかりとは到底言えませんが…。それでも、こちらが決めつけを一旦留保することで新たに見えてくることも、随分あるのではないかと私は思っています。 |
| *Yurika[98/08/12] たまぶりさん、ちょっと難しくて、引いてしまいそうな雰囲気になってますぅ。ですけど、私たちの感覚からすると、おっしゃっていることはなるほどって思うんですけど、やっぱり説教みたいに見えたりして。あ、また生意気なこと書いてますぅ。ごめんなさ〜い。 Chihiroさん、『潮合い』のご意見、私は面白いと思いました。私たちがそう感じるのと今の高校生たちがどう感じるかはひょっとしたら違うこともあるかも知れませんね。私、ひょっとしたら、おっさんの説教に洗脳されてるかも知れないですぅ。きゃ〜っ、逃げろ〜。 |
|
This page has been visited
|